暖かな風が吹き抜ける季節、多重録音アプリを使ってアカペラやコーラスの重ね録りで遊んでいた私の元に、興奮を隠せないニュースが飛び込んできました。
往年のフォーク世代、そして私にとっての永遠のヒーローである吉田拓郎さんが、久しぶりにライブを開催するというのです。
しかも、そのライブタイトルは――「春だったね2026」。
このタイトルを聞いた瞬間、私の心は一気にあの「昭和の青春時代」へと引き戻されました。 本当なら何としてでも会場へ駆けつけたかったのですが、どうしても外せない用事があり、残念ながら行くことは叶いませんでした。
しかし、その「行けなかった悔しさ」と「それでも拓郎さんの歌を歌いたい!」という情熱が、私を突き動かしました。定年後に手に入れた相棒であるアコースティックギターを手に取り、夢中で弦を弾き、歌を重ねてみました。
今回は、そんな私の想いを込めてカバーした動画とともに、この曲にまつわる個人的な思い出を少し綴ってみたいと思います。
【多重録音練習中】春だったね / 吉田拓郎(アコースティックギター・カバー)
定年後のささやかな趣味として始めたギターと多重録音。今回は、アプリを使って自分のボーカルやギターを重ね、1人多重録音に挑戦してみました。
実は、この録音が本当に一苦労で……(笑)。
いざ録音を始めると、1本目に録ったトラックと、2本目に録ったトラックのリズムが、どうしても微妙にズレてしまうのです。 「設定がおかしいのかな?」と、アプリの設定画面を開いては数値を調整し、録り直してはまたズレて……を繰り返すこと、気づけばなんと1時間をオーバー。
頭を抱え、半ば諦めかけて、最後の手段として「スマホを再起動」してみたところ――。
……なんと、あっさりと解決してしまいました。
「おいおい、私の設定をいじり倒したあの丸1時間を返してくれ~!」と、思わずスマホに向かってツッコミを入れてしまいました。
まだまだ発展途上の演奏ですが、拓郎さんへの敬意を込めて歌っています。 (※もし、これでもまだリズムがズレて聞こえるとしたら……それはスマホのバグではなく、完全に私の腕のせいです!笑。温かい耳で聴いてやってください)
吉田拓郎との出会い、旭川コンサートの衝撃
「春だったね」が収録された名盤アルバム『元気です』が発表されたのは1972年のことですが、実は私はそれより前に、拓郎さんの旭川でのコンサートに足を運んでいました。
当時、ステージから流れる拓郎さんの歌声と、その紡ぎ出す言葉の持つ力は強烈でした。 特に、初期の名曲『イメージの詩』の中の、
「古い船を動かせるのは 古い水夫じゃないだろう」
というあのフレーズが歌われた瞬間、会場にいた聴衆が一斉にわっと共感の拍手を送ったのです。あの地鳴りのような拍手と熱い空気は、今でもまるで最近のことのように鮮明に思い出すことができます。 「新しい時代を、自分たちの手で切り開いていくんだ」という若者たちのエネルギーが、あの空間には満ちあふれていました。
また、余談になりますが、当時のコンサートで拓郎さんのバックを務めていたのは、のちに『地下鉄にのって』などで一世を風靡するバンド「猫」でした。 拓郎さんが作詞作曲し、のちに彼らの代表曲となる名曲『雪』を、とても素晴らしいアレンジで演奏していたことも、色鮮やかな記憶として私の心に深く残っています。
高校生の頃、分からなかった「詩」の意味
そんな熱狂の渦中で発表されたアルバム『元気です』。擦り切れるほどレコードを聴き、その一音一音に夢中になっていた私ですが、当時の若かった私の胸に、どうしてもストンと落ちてこない不思議な一節がありました。それが「春だったね」の中に登場する、あまりにも有名なあの歌詞です。
「僕を忘れた頃に 君を忘れられない」
高校生だった当時の私は、ターンテーブルの上で回るレコードを眺めながら、「自分が誰かのことを忘れかけた頃に、その相手のことを忘れられなくなるなんて、どういうことだろう?」「主語は僕なのか、それとも君なのか……? ちょっと論理的に矛盾しているんじゃないか?」と、その言葉の本当のニュアンスを掴みあぐねていました。
当時の私にとって、恋愛や人との別れとは、もっとシンプルで白黒はっきりしたもののように見えていたのでしょう。「終わった恋はそれでおしまい。次のステップへ進むだけ」という、若さゆえのどこか割り切った、強がりな価値観の中にいました。人と人が深く関わる中で生じる、あの言葉にできない「割り切れなさ」や、胸の奥によどみのように残る「割り切れぬ未練」といった複雑な感情を、まだ人生の肌感覚として全く知らなかったのだと思います。
しかし、高校を卒業し、がむしゃらに働き始め、大切な人と出会って家庭を持ち、そしていくつかの寂しい別れも経験しながら定年を迎えるまで……。 振り返れば、本当に長い人生の坂道を、汗をかきながら上り下りしてきました。そんな幾多の季節を越えてきた今だからこそ、この詩が持っている本当の重み、そして心の奥をキュッと締め付けるような切なさが、痛いほど深く、そして優しく心に染み込んでくるのです。
今だからこそ、深く響く言葉
「僕を忘れた頃に 君を忘れられない」――
この言葉が意味するものの輪郭が、還暦を過ぎた今の私には、驚くほど鮮明に見えるような気がします。
「君が私のことなんてすっかり忘れて、もう新しい誰かと新しい日々を笑顔で歩んでいるであろう、そんな長い月日が流れた頃になっても――私の方は、どうしてもあの眩しかった君との季節を、記憶の底から消し去ることができない」
あるいは、もう一つの解釈も頭をよぎります。 日々の忙しい仕事や生活に追われ、自分(僕)自身すらも、若き日のあの熱い感情や「君」の存在をすっかり「忘れていた(忘れたように生きていた)」はずなのに。ふとした瞬間に、実は何一つ忘れてなどいなくて、心の一番深いところでは今もなお「君を忘れられない」まま佇んでいたのだと、長い時を経て気づかされる――。
時の流れの中で、お互いの歩む道はすっかり分かたれ、もしかしたら相手の記憶の中には、私の存在なんて1パーセントも残っていないかもしれない。それでもなお、自分自身の心の中だけには、あの優しかった「君」の面影が、まるで昨日のことのように生き続けている。
そんな、どうしようもなく一方通行で、しかしそれゆえに人間の滑稽なほどに純粋で美しい「心の揺れ」を、拓郎さんはあえて悲しげなバラードではなく、あの軽快でタフなテンポに乗せて歌っていました。 「悲しいこと、割り切れない未練こそ、カラッと明るく歌い飛ばす」 そんな拓郎さんの美学、あるいは男のちょっとした“痩せ我慢”のようなものが、あのスピード感あふれるドラムとカッティングギターの裏側に隠されていたのだと、今になってようやく気づかされます。
世の中には有名なコピーライターがたくさんいますが、個人的には、吉田拓郎さんこそが「一番心に刺さる最高のコピーライター」だと思っています。 わずか一行、一言の短い言葉だけで、聴き手の胸をわしづかみにし、何十年経っても決して色褪せない感情の風景を、目の前に鮮やかに描き出してしまう。若い頃には「ただのカッコよくてノリの良いフォークソング」として聴いていた曲が、時を経て、自分自身の人生の厚みとともに全く違う表情を見せてくれる。吉田拓郎さんの紡ぐ言葉の魔法は、本当に底が知れません。
2026年の春に想いを馳せて
ライブに足を運ぶことはできませんでしたが、こうして自宅でギターを抱え、拓郎さんの歌を通じて自分の若い頃の記憶や感情と対話できる時間は、何物にも代えがたい贅沢な時間です。
私のつたないカバーですが、同じ時代を駆け抜けてきた同世代の方や、拓郎さんを愛するすべての人に、あの頃の「風」が少しでも届けば嬉しく思います。
皆さんは、この曲にどんな思い出がありますか?
■ 演奏データ
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- 曲名:春だったね(オリジナル:吉田拓郎 / アルバム『元気です』収録)
- 演奏・歌:還暦オジサン(多重録音アプリ使用)
- YouTube動画
